「世界の発酵みんな集まれ!」という合言葉のもと、日本をはじめ世界中の発酵食品・発酵文化をアーカイブし、発信している「発酵デパートメント」。2020年に下北沢に店舗をオープンし、もともとは飲食業をメインとしていく予定でしたが、開店3日目に新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令され、予想外に小売が大躍進。売上も伸びていく中、直面したのはロジスティクスの壁でした。

今回は、CAPESとともに物流課題を解消するプロジェクトを行った発酵デパートメントの代表・小倉ヒラクさんをお招きし、CAPES代表・西尾浩紀とともに発酵デパートメントが抱えていた課題やその解決策、ロジスティクスの重要性について語り合いました。

いくら売上が伸びても、ロジスティクスがちゃんとしていないと赤字が出る

—発酵デパートメントの事業はもともと飲食を主軸とする予定でしたが、想像していたかたちとは違う小売で売上が立っていったそうですね。

小倉:はい。みんな時間があるからか、納豆づくりキットとかは1日に10個くらい売れるんですよ。オープンから半年後くらいには、当初の見込みの倍ぐらいの売上になりました。でも、売上はどんどん上がっているのに、赤字もどんどん膨らんで、「あれ? どうして?」となったんです。この原因を真面目に考えなければと思い、数字を見ていったところ、めちゃくちゃ基本的なことなのですが「小売は在庫管理と発注をちゃんとしないと、いくら売り上げても赤字がかさんでいく」という結論に達しました(笑)。

左から西尾浩紀(CAPES)、小倉ヒラク(発酵デパートメント)


ーまずは巻き起こっているサイクルを突き止めたわけですね。

小倉:それに気づいて僕らなりに事業の合理化を始め、まあまあ収支のバランスが取れてきた。それと同時に、今度はそれまでほとんど動いていなかったECが伸びてきたんです。ECはそんなに在庫ロスが出ないし、在庫管理もそれなりにうまくやっているはずなのに、今度は資金繰りがうまくいかなくなったんですよ。

で、また考えて出た結論が、「小売が伸びると事前に資金調達が必要になる」という、素人すぎるだろ! っていう話で。いくら売上が伸びても、裏のロジスティクスがちゃんとしていないと赤字が出る。そして、仮にロジスティクスがうまくいっても、売上が伸びたら必ず資金繰りがピンチになるという小売の宿命を痛感しました。

スタッフの負荷をなるべく減らし、クリエイティブに働ける状態にしたい

—ちなみに当時はどのように在庫管理をしていたんですか?

小倉:発酵デパートメントって、仲卸(卸売業者と小売業者を仲介する業者)を使っていないんですよ。しかも「自分たちの直営店でしか売ってません。ラベルはテプラです」みたいな商品が多数あって、それを一つひとつ直接注文して店に置いていて。現場のスタッフからも「発注と在庫管理が大変すぎて、物販スタッフがみんな疲れてます。なんとかならないですか?」という直訴があり事態の深刻さに気づきました。それを打開するには、ふたつの選択肢が出てきたんです。

発酵デパートメント店内。厳選された各地の発酵食品が所狭しと並ぶ


—それはどんな選択肢だったのでしょう?

小倉:ひとつは、仲卸を通して発注を簡略化するというやり方。もうひとつは、仕組みによって発注を合理化するやり方。で、僕は迷わず後者を選びました。なぜかというと仲卸を通すと仕入れに制限が生まれるため、発酵デパートメントの最大のミッションである「発酵文化の多様性を見せる」ということができなくなる。だから、すごく難しいかもしれませんが、合理的な発注を可能にして、他では扱えない商品をちゃんと扱えるお店を目指そうと思いました。そこで、共通の知人にCAPESさんを紹介してもらったんです。

西尾:お店にお邪魔する前から、取り扱っている商品のカテゴリ、瓶や箱など商品の保管形状・形態、販売方法などを調べさせていただいたのですが、「おそらくこういうところに課題が出てくるだろうな」と、ある程度予想できました。

というのも、小売で浮上しがちな課題のパターンがあって、発酵デパートメントさんもそれに直面しているんじゃないかと。ただ、実際に課題感を感じているかどうかは全然知らずに、当日お話を伺いながら、「こういうところで困ってないですか?」と仮説をお伝えしました。

小倉:それがドンズバでしたね。「ええ! そうそう! そうです!!」って首がもげそうなくらい頷いて。

西尾:(笑)。でも、その状態自体は問題ではないというか。たとえば、何もないきれいな部屋って問題ないように見えますよね。でも、そこをみんなが集まれる心地いいパーティー会場にしたいと思った瞬間に、部屋に何もないことが問題になる。つまり課題って、「こうしたい!」という思いと現状を照らし合わせたときに初めて出てくるものなんです。事業に対して「こうすべきだと思う」というshouldで語る方は多いのですが、ヒラクさんはwantを明確に語ってくれるので、目標に向けての解決策が導きやすかったです。

小倉:僕のwantって限りなくwillに近いんですよね。「こうしたいから、僕も頑張ってやってみるね」みたいな。そのうえで課題になってしまったのが、僕が最初につくった立てつけがあまりにもハードだったということ。それに気づいたので、物販チーム・商品を扱うチームのスタッフの負荷をなるべく減らし、クリエイティブに働ける状態にしたいと考えました。そこで、8月から10月までの3ヶ月間、CAPESさんに入っていただいて。

西尾:具体的には、在庫管理の見直しと発注の仕組み化をしていきました。今後のビジネスの拡大にあわせて、在庫を過不足なく適正な状態に保ち、発注を楽にしようというプロジェクトを3ヶ月にわたって実施したんです。最初の1ヶ月は現状把握の作業、2ヶ月目は実働するための草案作成、3ヶ月目は実際にトライアルというかたちで商品の一部を試験的に運用しながら、今後の動きをまとめていきました。

 

「なんかヤバいな」とは感じていたけれど、それを言語化できなかった

—最初の1ヶ月に現状把握をしてみてどんなことがわかりましたか?

小倉:とにかく「カオスだね」っていう……(笑)。JANコードがついている商品が少なすぎたうえに、商品マスタがちゃんと整備されていなかった。つまり商品情報が一元的に参照できないから、情報がバラけてECと店舗で食い違いが起こってしまっていたんです。当時、在庫切れが頻発していたのも、どのタイミングで発注しなきゃいけないかという基準がなかったので、みんなニュアンスでやっていたということがわかって。

その基準をつくるためにも、商品マスタをつくる必要がありました。そういった情報の整理や基準を考えたのが最初の1、2ヶ月でしたね。今でこそ何が大事かわかるのですが、当時は「すごく大事なことをやっているのだけど、何がどう大事かはよくわからない」みたいな状態でした。

—3ヶ月目にはトライアルに入られたということですが、実際に商品マスタなどを取り入れてみていかがでしたか?

小倉:今までどれだけ非合理的な在庫の回し方をしていたのかを体感しました。それまでは、毎週バンバン売れていく商品と半年かかって売り切れればいい商品をフラットに扱いすぎていたんです。売れる速度にあわせて商品をカテゴリ分けして発注していくと「商品マスタ、めっちゃ便利!」と感じました。

問題に気づくこと自体、じつは非常に高度なことで、最初僕らは「なんかヤバいな」とは感じていたけれど、それを言語化できなかった。でも、wantやwillだけはあって、そこに具体性と方向性を与えてくれたのがCAPESさんですね。

ー最初は現場からの直訴もありましたが、トライアル期間も終えられてスタッフのみなさんに何か変化はありましたか?

小倉:現場のスタッフには革命が起きたというか。まったく基準がない中で発注しなきゃいけないという負荷が軽減されて、悩まずに発注を進めることが確実にできるようになった感触があります。スタッフに余力ができたことで、新しい商品を入れられる余裕も生まれ、棚に多様性が増してきました。僕が店舗に行くと知らないうちに「何だ、このフェア……? よくこんなに集められたな……」と思うような、自発的な仕入れもできるようになってきたのでよかったなと思います。

取材当日、店頭ではみりんフェアを実施中。それぞれのみりんの魅力を小倉が西尾に熱弁

戦略的に攻めるときこそ、ロジスティクスで整えた仕組みをベースにする

ー3ヶ月の契約を終えたあとも、CAPESと一緒にプロジェクトをしている最中ということですが今度は何をしているのでしょう?

小倉:計画的な資金調達についてコーチングしてもらっています。僕らはベタに金融機関や何かしらのファンディングを使って、地道に資金調達をしていくしかないんですけど、そのときに事業説明はもちろん、課題やその改善、販売計画や達成率など数字的な説得力がないといけない。そこで、3ヶ月間やっていたプロジェクトをベースに妥当性のある販売計画を立てられるのでは?と思ったんです。それで契約を2ヶ月延長して、3ヶ月間で決めたことをしっかり運用していきながら、事業計画書をつくることを教えてもらっています。

—お話を伺っていると、創業から1年強で、実務だけでなく、小倉さん含めスタッフのみなさんの意識にも、かなり変化があったように思います。

西尾:スタートアップやベンチャーを創業して数年のタイミングって、なかなかロジスティクの重要性を理解できない人のほうが多いですし、仮にわかったとしてもお金があるのだったら商品開発やサービス設計に使いたいというケースが多いんです。そんな中でヒラクさんは最初にお会いしたときから「ロジって大事」とおっしゃって、自分たちのやりたいビジネスのための資金を引っ張ってくるために、ロジスティクスを起点に売上計画をつくって動かれている。素晴らしいとしか言いようがないです。

小倉:僕もだんだん言語化していったのですが、じつはロジスティクスって守りではないんですよね。戦略的に攻めるときこそ、ロジスティクスで整えた思考方法や仕組みをベースにするスタイルが僕たちの業態にすごく合っていたんです。

CAPESさんとご一緒しているプロジェクトは、もちろんロジスティクスという領域でやってはいるものの、もはや「発酵デパートメントの左脳」と言えます。守りながらも攻めていく必要のある小売メインの僕たちにとっては、ロジスティクスと事業計画がほとんどイコールになっているんです。おそらく今後はECがメインになっていく可能性がいちばん高いと考えているので、さらにロジスティクスが肝になってくると思います。

西尾:それは間違いないですね。ECを拡大していくときに出てくるのが場所の問題。倉庫もそうですが、そこから人に送り届けるパワーも拠点もいる。拠点の構想はもちろん、翌日届いたほうがいいのか、1週間かけて届けてもいいのか、冷蔵ならその温度帯管理や送料の設定をどうするのかなど、サービスレベルの設計も必要になってきます。そういった場所やシステムを考えていくのが、今後数年の課題になっていくでしょう。

CAPESとしては一旦12月でご一緒させていただく区切りがつきましたが、今後まだまだやっていかなきゃいけないことがあるので伴走する存在で居続けたいです。我々も発酵デパートメントさんの期待を超え続ける努力をしないといけないので、物足りないところがあったら言ってほしいですし、なんの整理もできてない無理難題や思いつきでもバンバン投げ込んできていただきたいと思っています。

 

Editor / Writer:Aiko Iijima
Photographer:Tomohiro Takeshita

インフォメーション

小倉 ヒラク(おぐら ひらく)

発酵デザイナー。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボを創設。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。15年より絵本『おうちでかんたん こうじづくり』とともに「こうじづくり講座」を開始。20年、下北沢に「発酵デパートメント」をオープン。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM)、『発酵する日本』(Aoyama Book Cultivation)。

Twitter:@o_hiraku/ Instagram:@hirakuogura / 公式サイト