あなたの職場はどんな香りがしますか? 物流業界で「香り」と聞くと、どんな香りを想像しますか?

バラエティショップなどで気軽に購入できる香水や、家庭用ルームフレグランスなどで香りの裾野を広げてきたフィッツコーポレーションの森野達平さんと山岡颯汰さん。「香りの良さを、もっと色々な空間で感じてもらえるのではないか」という思いから、1年前に企業向けの香り空間事業「Laaveen(ラヴィーン)」をスタートさせました。今年からはCAPESと手を取り、現場環境を香りによって向上させていこうと「Laaveen」を物流業界にも導入。その取り組みの様子や、一見つながりがなさそうに見える香りと物流の可能性について伺いました。

香りのイメージが薄い物流業界。なぜ着目した?

左から:CAPES西尾浩紀、フィツコーポレーション森野達平さん、山岡颯汰さん

―業務用の香りのプロダクトというと、ホテルのラウンジやアパレルショップで使用されるイメージがありますが、なぜ香りを導入する場として物流業界に着目したのですか?

山岡:僕らはBtoCプロダクトを展開する中で、もっとたくさんの人に香りを使ってほしいという思いで日本の香りのマーケットに向き合ってきました。BtoBになってもそれは同じで、一部のホテルなどのラグジュアリーな空間以外にも香りの価値を伝えていこうと考えたとき、物流や介護、医療などの領域はまだまだ香りに課題を抱えている現場が多いんじゃないかと思ったんです。

そんなときに、同僚から「面白い物流の会社があるよ」とCAPESさんのことを聞いたんです。MERRY LOGISTICSや「We are 物流人カルタ」など、業界全体のブランディングになるプロジェクトを行っているのを知って、一緒に現場環境改善にチャレンジしていけないかと思いお声がけしました。

西尾:山岡さんがWebサイトの問い合わせフォームから「物流現場に香りの可能性はないですか?」というメッセージをくださったのが最初でしたよね。僕も物流と香りの掛け合わせには可能性があると思っていました。

2018年頃、物流現場で責任者をやっていたときに、スタッフにどんな環境で働きたいか尋ねたら「無印良品みたいな空間がいい」という声が多かったんです。無印良品の空間って、きれいに整っている雰囲気ということだけじゃなく、いい香りがすることが良さのひとつだと思って。その体験から香りで何かできないかという思いはずっとあったので、山岡さんからの連絡は渡りに船でした。ただ、物流領域における香りの取り扱いってやっぱり難しいなとも感じていました。

―嫌なにおいがするよりも、いい香りの空間のほうが当然心地良いのではと想像しますが、なぜ物流領域では難しさがあるのでしょう?

西尾:まず、物流業界では「消臭・脱臭」というニーズが強いんです。そこに香りをプラスするとなると、たとえば食品業界の物流など、扱っている商材との相性という点でも懸念を持たれがちです。また、数百人規模でスタッフが働いている現場だと一人ひとりの香りに対する感覚も違ってきますから、そういったハードルもあるなと思いました。物流現場の方々に声がけを始め、何社かは導入を決めてくださいましたが、物流という性質上、荷物へのにおい移りの懸念が払拭できずに保留にしている方々もいます。

―たしかに大きな懸念点ですね。実際、におい移りの問題は起きているのでしょうか?

山岡:そういったお声はまだいただいていませんね。「Laaveen」は、家庭用に比べて噴霧される香りの粒子が細かいんです。自宅でディフューザーを使っていると、床やカーペットが濡れるという経験をされたことがある方もいると思うのですが、それは重力によって香りの粒がすぐに落ちてしまうから。水滴が大きければ香りも残りやすいですし、香り自体遠くまで届きません。

一般的に、性能の良い業務用のものは、その粒子の細かさやポンプ能力の高さから遠くまで香りの粒が噴霧されるので、空間全体が優しく香ります。どこにいても快適に香りを感じられると同時に、そばに長時間置き続けない限りは、におい移りの心配が少ないのは業務用ならではの特徴です。

森野:たとえば、服に香りがついているアパレルブランドさんもありますが、あれはブランディングとして香りづけ用のフレグランスを服に吹きかけているんです。なので、空間の香りが移っているわけではないんですよ。

香りで気持ちを切り替える。トライアル感じるその効果

―香りを後づけしているくらいなのですね。ただ、現状はにおい移りしないという事実よりも、空間の香りがそこにあるものについてしまうというイメージのほうが強いと。

山岡:そうなんです。香りは、実際に体験をしていただかないとその価値が伝わりづらく、客観的に言えることが少ない領域です。だからこそ、主観的に価値を感じていただくのが大切なので、まずは「Laaveen」を体験してもらいたいと思い、物流業界向けに1ヶ月の無料トライアルを実施しています。

―どんな会社がトライアルをしているのですか?

西尾:今はヤマト運輸さんの物流施設「羽田クロノゲート」、物流不動産の所有・運営・開発企業であるプロロジスさんの2社がトライアルをしてくれています。ヤマト運輸さんは、一般の方向けに見学コースを設けているのですが、羽田クロノゲートができて10年ほど経過し、動線の見直しや見学コースの再編成の節目にきているそうです。その中で、お越しいただいたお客さまの体験価値を向上するために「Laaveen」を導入してくださいました。

森野:羽田クロノゲートでは、社内のミーティングスペースにも設置してくださっていて、「仕事のスイッチが切り替わる効果を期待している」とおっしゃっていました。香りって、空間に目に見えない仕切りができるような感じなんです。香りによって、仕事と休憩、それぞれの切り替えをしていただけるんじゃないかと思います。

ヤマト運輸の物流施設「羽田クロノゲート」、プロロジスの2社がトライアル導入中の 「Laaveen」本体(右)とフレーバーの瓶(左2つ)。全部で5種類の香りを用意している

西尾:もう1社のプロロジスさんは、日本に100棟近くの拠点開発をしています。競合が乱立する物流不動産業界の中で、プロロジスさんのテナントに入居したいと思ってもらうためのサービスのひとつとして、エントランスなどの共有部に設置を決めてくださいました。

山岡:実際に私が設置に行かせていただいたときに、スタッフの方が「何これ?めちゃくちゃいい香りがする!」と言ってくださって。香りが付与された瞬間に、その空間により心地よさを感じてくださったのかなと感じました。他のスタッフさんからも「家庭に持って帰りたい」とお問合せをいただいて。

森野:印象の切り替えとして香りが機能するので、2社のようにエントランスやミーティングスペースはまず導入しやすいと思います。「Laaveen」は5種類の香りから選べるのですが、プロロジスさんが使用している「ゼスティホワイトティー」は、あたたかみや安心感のある印象で、ホテルのラウンジなどにも使われているんですよ。お客さまから、よりナチュラルな香りも欲しいというお声もあったので、香りのバリエーションも少しずつ増やしていく予定です。

―空間に合った香りがすると、職場にいることがより快適になる人も多そうです。

西尾:多くの人が直感的に、いい香りがする場所に長居したいと感じたことがあると思うんですよね。それが働き手の方がなかなか集まらなかったり、辞めてしまったりする物流業界の状況改善の糸口のひとつ、物流現場の人材の定着率にもつながっていくといいなと思います。

山岡:働く場所に香りがあると、そこで働いている人はきっと「私たちは気にかけてもらっているんだな」という気持ちになると思うんです。香りを導入することで、そこで働いている方々を大切にしているという思いが伝わるんじゃないかとも思います。

これからは、費用対効果以外の尺度を持たないといけない

―「気にかけてもらえている」という気持ちって、働く人にとってすごく安心感がありますね。現状、物流業界におけるスタッフへの意識はどのようなものでしょうか?

西尾:スタッフに対しての意識やケアは依然として課題が多く、ある意味物流業界の宿命ともいえる状況になっています。というのも、物流現場では効率が求められ、投資するにしても3〜5年で回収できるものでないと、多くの場合は施策として認められません。物流業界はそれくらい費用対効果に厳しいんです。これまではある程度人材がいて採用もあまり苦労していなかったので、人に対する意識が強く働いていませんでした。

さらに、人に対する意識自体もコストとして見られがちです。食堂のテーブルもこだわりがないものだし、椅子もパイプ椅子や丸椅子みたいなものが基本。そういう最低限の労働環境という世界観がまだまだ根強いのですが、人手不足が叫ばれ、人材の取り合いになっている昨今、企業側は人に来てもらう、辞めないでいてもらうという策を練らないといけません。そういう意味では、今がスタッフのケアや労働環境の意識変革の転換期です。「Laaveen」のようなプロダクトが、スタッフさんが気持ち良く過ごせる労働環境をつくる一助になったらと思います。

―費用対効果優先の物流業界で、香りを活用するというのはやはりとてもハードルが高そうですが、香りは物流業界に何をもたらすと思いますか?

西尾:僕は、現場を良いものにするための施策の妥当性の判断を、費用対効果というひとつの物差しでしか測れないことが、物流業界全体の大きな問題だと思っています。どんな施策も短期的に必ず効果が出るものばかりじゃないし、5年で回収できなかったら全部やらないみたいな意識や、誰かがアイデアを出しても「コストを出せ、回収効果を出せ、稟議をあげろ」っていうルールだけですべてをやりきるのは現実的じゃないと思うんです。そのルールに基づくと、月額9,000円からの「Laaveen」に対しても、社内承認までの説得力が必要になってくると思います。

でも、効率や費用対効果が定量化しづらかったり、短期的な効果が出づらかったりする施策であったとしても、やったら確実に現場が良くなることは積極的に実施していったほうがいいんです。費用対効果ばかりじゃなくて、感覚的に「改善できる」と信じられるように、感性を磨いて判断できるようになっていかなければ、業界は変わりません。この取り組みも短期的な効果や効率、回収は期待できないかもしれませんが、人材不足の今、絶対にやらなきゃいけないことだと思っています。その意思決定を物流部門にやってもらって、それを事例化して、みんながどんどん新しいことをやっていける土壌をつくりたい。それが僕たちの大きなミッションだと思っています。

森野:物流業界は効率重視の中でも、庫内サインをデザインしたり、動線を考え直したりして、意識せずとも行動が楽になる空間づくりをしているのがとても良いなと思うんです。そこで香りができるのは「空間の第ゼロ印象を変える」ということ。第一印象は視覚情報が7割を占めるそうですが、嗅覚はその手前にあり、いち早く脳に届くんです。

香りは、料理でいう出汁のようなものです。いい出汁を使うことで素材や料理の技術などが引き立つように、空間に香りがあることによって、視覚的にも行動的にも快く設計されている空間をより引き上げられます。一般的に香りの業務用サービスって、機材設置のイニシャルコストやメンテナンス料が10万、100万とかかるものが多く、導入の障壁はまだまだ高いのですが、私たちは初期費用や契約年数の縛りなどをなくし、香りを取り入れて今ある空間をより良くしてもらえたらと思っています。物流業界の方々一人ひとりに香水を届けるのは難しいですが、現場の空間に香りの価値を提供し、香りの喜びの総和を増やしていきたいです。

 

インタビュー・執筆:飯嶋藍子(sou)
編集:石澤萌(sou)
撮影:タケシタトモヒロ

インフォメーション

P@LLET FRAGRANCE(パレット フレグランス)
物流業界向けの、香りのサブスクリプションサービス。
慢性的な人手不足を解消する施策の一つとして、香りによる心地よい空間づくりを提案する。

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