ここ数年で私たちの生活様式は大きく変わり、インターネット上で買い物をする人が急速に増加しています。しかし、「今日買って、明日届く」という快適さを支えるために、物流現場ではこれまで以上のスピード感や効率化が求められるようになりました。その一方で、人手不足や長時間労働など厳しい就労環境が課題になっています。それを解決する手立てとして注目されるのが物流の「自動(ロボティクス)化」ですが、導入を進められない、あるいは諦めてしまう企業が大半なのだとか。

そんな物流業界の状況を変える一助として、2022年7月、書籍『物流現場の最適化DX』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が出版されました。著者は、これまで100以上の現場に足を運び、物流業界向けのソリューション提案に従事してきたKURANDO代表・岡澤一弘さんと、長年物流現場を経験し、現在は多くの企業のDX導入や自動化のサポートを行うCAPES代表・西尾浩紀の二人。同書ではそんな二人の経験と視点を通じて、DX導入のメリット・デメリットを解説するとともに、失敗しない物流自動化についても紹介しています。

そこで今回は、著者二名の対談を実現。出版のきっかけや、それぞれの立場から見た業界の課題、物流業界のこれからについて語り合いました。

現場の「大変さ」を知るためには、まずデータ活用から

―まずは、お二人の関係について教えてください。

西尾:出会いは、僕がCAPESを創業した2018年でした。日本でもロボットを使った物流の自動化が注目され始めていた頃で、僕はロボと、そのロボに指示を出すシステムを、もっと手軽に連携できるようにならないものかと考えていたんです。そこで、物流システムのスペシャリストにまずは話を聞いてみよう、と尋ねたのが岡澤さんでした。

岡澤:そのときは「難しい」と答えるしかなかったのですが、それでもこういうことならできるのでは、とアドバイスをさせていただきました。その後、一緒に仕事をすることも多くなり、西尾さんとの仲が深まっていった感じですね。

西尾:先輩経営者として尊敬している存在ですし、今も何かと相談にのっていただいています。岡澤さんから「自動化やDXについて本を書こうと思っているけど、一人でやるよりも誰かと一緒に書きたい」というお話をいただいたときも、お手伝いができるならぜひ、と思ったんです。

―現在、岡澤さんが代表を務めるKRANDOはどんな事業を行なっているのでしょうか?

岡澤:物流現場は大変大変というけれど、「大変さ」を把握するには現場の状況を知らなくてはならないですよね。でも、これまで広い倉庫内で、管理者が作業員一人ひとりの業務や作業状況を把握することは、なかなか難しかった。そこでKURANDOを立ち上げ、2020年4月にリリースしたのが『ロジメーター』というクラウド型のシステムです。現場で入力されたデータをもとに管理者はリアルタイムで作業の進捗を把握したり、生産性を分析したりすることが可能になり、作業量に合わせた的確な人員配置ができるようになります。また、従業員の時間外や深夜出勤の際の割増賃金も自動計算されるので、休日出勤や残業発生過多のアラートにも活用できます。

西尾:『ロジメーター』はまさに、自動化を進める上で欠かせない情報を取得できるシステムですよね。リリースされたときは、非常に岡澤さんらしいサービスだなと感じました。物流現場には社員さんや派遣スタッフさん、パートさんなどさまざまな方が働いていて、勤務時間も生産性もばらつきがある。その情報を可視化しておかないと、自動化も進めづらいんです。

「ロジメーター」の利用画面。スタッフごとに業務時間や作業内容を可視化できる。

なぜデータ化、自動化は進まない? 導入できない倉庫はどうすればいい?

―そもそも、なぜこんなにも注目が集まっているのに、多くの企業でデータ化、自動化が進まないのでしょうか?

岡澤:「見たくないからデータ化されない」という理由があると思っています。商品を販売する側である荷主は、より商品を売りやすくするために、リードタイム(商品・サービスを発注してから納品されるまでの時間や日数のこと)をどんどん短くします。それを成立させるために、荷主から依頼を受ける側の物流現場では深夜残業や過剰労働を行う。商流の下流にいる現場は立場が弱く、従属的にならざるを得ない状況があるんです。その中で現場がいくらデータを取っても、荷主にとっては都合の悪い内容にしかならないので、「見たくない」わけですね。現場も、それがわかっているからはなからデータを取ることを諦めてしまう。

西尾:現場は「言われたらやらなきゃ」という気質が強く、無理しながらも頑張り続けてここまできてしまった。だからこそ日本の高品質な物流が培われてきたとも思うんですが、もうそうした時代の潮目は変わりつつあるんじゃないでしょうか。

岡澤:そうですよね。これまで短くすることに力を注いできたリードタイムを、私は長くしたいと考えているんです。実際、2日前に受注を確定できれば、現場は余裕を持って動けるので、出荷作業や人員配置を効率的に進められる。それで生産性が15%上がったというデータもあります。

西尾:品質を中心としたサービスレベルと生産性は、基本的にトレードオフの関係性になっています。どんなバランス感が自分たちの会社にとってベストか、現場と荷主の間でデータを活用できれば、ともに考えることができるんじゃないでしょうか。

―『物流現場の最適化DX』では、自動化が必ずしもいいとは言えないパターンについても紹介されていますね。

岡澤:予算や倉庫の規模、作業の特殊性から、必ずしもロボットの導入や自動化がベストではないこともあります。

西尾:自動化するためのロボットを「ルンバ」と考えてみてほしいのですが、今ある掃除の課題は何なのか、また、今の状態を定量的に把握せず、闇雲に「流行っているから欲しい!」と導入してしまうと、結局使いこなせず「ホウキのほうが電気代もかからないし、細かいところも掃除できてよかったんじゃないか」となってしまう。そういうケースを物流現場でたくさん見てきました。だからこそ、自動化を考えるときには、現場の状況を定量的に見ることが大切になってくると思うんです。

自分たちの「ベスト」を見つめて、より豊かな物流現場へ

―自動化やデータ活用を進めるだけではなく、物流現場の人が主体的に変わっていくことが大事だとも書かれていました。

岡澤:変える前にまず大事なのは「知ること」です。私はこの本を、荷主の方々に一番読んでもらいたいんですよね。荷主は、これまで現場の大変な状況に目を向けてこなかった。一個モノを出荷するのに何分かかっているかも知らず、ただ間に合っていれば良しとしてきたわけです。だから、いざ現場に限界がくると「え?」となってしまう。

でも、知っていれば、現場が立ち行かなくなったときに策を打てるんですよ。それはリードタイムを延長することかもしれないし、ロボットを導入することかもしれない、作業品質を変えることかもしれない。いずれにしても、まずは荷主が「現場の現状を理解したい」という思いを持ってくれれば、物流現場も変わっていくはずです。

『物流現場の最適化DX』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

西尾:そして、現場に伝えたいのは「主張してもいい」ということですね。これまでは、受け身でなんとかやらねばとやってきたましたが、正当な理由があれば主張すべきなんです。たとえば、コンビニやスーパーで朝から品揃えをバッチリにしようとすると、物流現場は夜中に必死に稼働することになります。ただ、最近は夜中に働く人がどんどん減ってきてしまい、荷主から求められるサービスレベルに応えることが難しくなるケースも増えてきています。その難しさに応え続けるのではなく、「こうしたほうがいい」と声を上げることも必要だと思うんです。実際、ある物流会社は荷主に相談したことで、夜中の作業を止めることができました。現場がしっかりと実情を伝えれば、変えられることもあるのだと啓蒙することも大切だと思っています。

先ほど「時代の潮目」と言いましたが、たとえば物流業界で強要され続けてきた「速い」「安い」という価値感から一度離れてみるのも一つの手だと思います。リードタイムを長くすることで「これまで2台必要だったトラックを1台に減らせるので、排出するCO2が減ります」だとか、そういう新しい価値や強みで戦うこともこれからは大事なのではないでしょうか。

―荷主と現場、どちらの意識も変化していけば、物流現場の長年の課題は改善できる可能性がありそうですね。ちなみにお二人の考える「いい物流現場」とはどのようなものでしょう?

岡澤:出荷率にしても品質にしても、トレードオフの中で何を捨てて何を取るかを明確にして、運営できている現場はいい物流現場だと感じます。30年前から続けていることをいきなり変えるのは難しいかもしれませんが、現状に合わせて何が適切なのか再定義するには、やはりデータが足がかりになると思っています。数字があれば説得力は断然変わるはずです。

西尾:再定義することは、僕も重要なことだと感じています。物流業界では長いこと「高品質」「低価格」といったことが「いい」ことになってきました。でも、「安くできる現場」=「いい現場」なのか? 他の評価尺度で選ぶと、そうは言えないと思うんです。たとえば物流現場の休憩室なんかでは、スタッフの方が隅っこの狭いスペースで段ボールを椅子にしていたりと、決して快適だとはいえない状況を目にすることも珍しくありません。コストをかけないことが自分たちの「本当のベスト」になっているのか、それを考えていくことが、より豊かな物流現場へとつながっていくはずです。現場で働く人たちが胸を張って「これがベストです」と胸を張って言えるのがいい現場だと思っています。

―最後に、お二人が今後さらにチャレンジしたいことはありますか?

岡澤:今回、本を読んでまずデータを集めるということに興味を持ってもらえたら一つの正解だと思っているんです。ただ、そのデータを活用するにはExcelを用意したり、現場でその使い方を覚えたりと準備時間が必要になります。そこをもっとスムーズにできたらと考えていて、今後はデータ活用に焦点を当てた新たなサービスに力を入れていく予定です。あとは、CAPESさんと一緒にメディアや物流マン応援動画などもつくっているので、今後も物流業界で働く方々を後押しできたらと思っています。

西尾:この本でせっかく岡澤さんとご一緒できたということもあり、自動化の入り口であるデータ活用の仕方を、より丁寧にサポートできるような場をつくれたらいいねと話しているところです。まず「自動化のベース」を知ってほしいというのはありますが、本だけでは補足できないよりリアルで実践的なアドバイスもできると思っているので、セミナーなのかワークショップなのか、いい形で開催できたら嬉しいです。

 

インタビュー・執筆:秦レンナ
編集:石澤萌(sou)
撮影:テラウチギョウ

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岡澤一弘(おかざわ かずひろ)

KURANDO 代表取締役。KEYENCE、ダイアログで物流業界向けのソリューション提案に従事し、100以上の現場へ足を運ぶ。その中で、多くの現場では在庫管理などの「モノの管理」の仕組みはあるが、そこで働く作業員の管理、運営支援をおこなうサービスがないことに気づき、2019年にKURANDOを設立、安価に導入できるSaaS型倉庫内DXサービス「ロジメーター」シリーズを展開する。販売開始から1年で100センター以上が採用するヒットサービスとなり、現在は、利用各社の有効活用法を相互共有することで、物流課題の真の解決につなげる活動を推進している。